仏教の教えはどのような人に生きてはたらくのだろうか？【悪人正機のお言葉より】

　「悪人正機（アクニンショウキ）」と言われる親鸞聖人の有名なお言葉に、

『善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや』

【意訳】善人でさえ救われるのであるから、悪人が救われるのはいうまでもない。　　

という言葉があります。この言葉の意味は、私たちの常識から考えれば、全く逆の発想で語られている言葉でありましょう。私たちは、意識するか、しないかに関わらず、自然に、善い行い（善行）をすれば、良い結果が生じる。悪い行い（悪行）をすれば、それ相応の報いがやってくると考えます。ですから、悪いことをたびたびする者よりも、善い行いをたくさんする者の方が、良い結果を多く受けるのは当然であると考えます。

　しかし、親鸞聖人の「悪人正機」の言葉は、このような私たちの常識を、逆にして語られます。そこにはどんな意図があるのでしょうか？

　実はこのお言葉は、私たちが救われるためにどうあるべきか？という視点で語られた言葉ではなく、ひとりでも多くの人に、人間存在の本質に気づいて欲しいという視点で語られたお言葉なのだと思います。

　私は、この言葉を味わう際に、善人、悪人の下に「自覚」という言葉を付け足して、「善人の自覚」、「悪人の自覚」として解釈すると分かりやすいと考えております。

　つまり、善人とは、「自分は善い人間であると思っている人」であり、悪人とは、「自分は迷惑をかけながらでしか生きていけない身であると思っている人」であります。

　あらためて、自分の人生の歩みを振り返り、自分の身について考えてみるに、「自分は善い人間である」ととらえるよりも、「自分は相手に迷惑をかけながらでしか生きていけない身」であるとの認識の方が、本質をとらえている見方なのではないでしょうか？

　そのこと鋭く語る親鸞聖人の人間観の深さに感服するとともに、そのような人間にこそ、仏教の教えが生きてはたらくことを、「悪人正機」のお言葉は、教えてくださっているように思います。