死んだらおしまい?~「死」を想う意味~

 科学が発達し、医療技術が進歩した現代では、生命のしくみが遺伝子レベルで解明され、現代人の生命観も「私のいのちは、死んだらおしまい」という考え方が広まってきているように思えます。

 一方、親鸞聖人の生きた時代、人々は生前中に多くの修行をし、それを功績として臨終の際に阿弥陀仏にお迎えいただき、お浄土へ往生しよう(生まれよう)と願いました。【※このことを「臨終来迎」と言います】

 このことは、当時の人々が、現代人と違い、「いのち」を生(セイ)のみとしてとらえるのでなく、死もまた「いのち」ととらえていた生命観がうかがわれます。

 明治を生きた仏教者・清沢満之師は、「いのち」について


 生のみが我らにあらず 死もまた我らなり。

 我らは生死を併有するものなり。

※(併有:ヘイユウ/合わせ持つの意)


という言葉を残されています。この言葉は、現代人に「いのち」とは、生と死がつながっていることを気づかせてくれます。

 生と死を分断してとらえるのではなく、生と死を一つのつながりとしてとらえることは、死によって無意味とならないような自身の生き方・生きる方向性を考えるきっかけを与えてくれます。

 普段の生活において、時として「むなしさ」を抱く感情を抱くことがあります。最近、この「むなしい」という感情こそ、私達が生き方に迷いながら生活している証拠だと思うようになりました。

 現代は、さまざまな技術の発達によって、昔にくらべ便利で快適な生活が送れるようになりました。しかし、「むなしさ」を感じることは、昔の人々も、今を生きる人々も変わらないのだろうと思います。文明が発達したにもかかわらず、相変わらず「むなしさ」の感情がこみ上げてくるということは、私達が、何か生きるうえにおいて大事なことを誤魔化して生活しているからだろうと思います。

 生きる方向性が定まり、「むなしさ」を越えていける道。それは、自身を見つめ、死によって無意味にならないような生き方を模索し続けることからしか開けてこないのだろう思います。

皆福寺

創建800年 皆福寺 それは、 先人の記憶・思い・願いをとどめる場所 そして、その場所は、 今を生きる私たちの活力を得る場となる ~月に一度は、お寺で心の洗濯を!~